歴史
この路線は国によって建設・開業された。人吉 - 湯前間の全線は、当時の鉄道省(国鉄)によって1924年3月30日に開業し、球磨川上流の谷に、人吉で肥薩線につながる鉄道が通じた。開業後しばらくは蒸気機関車が牽く地方の支線であったが、1951年12月1日に気動車による運転が始まり、1930年代・1950年代・1960年代に途中駅が増設された。
利用の少ない地方路線であったため、湯前線の貨物輸送はわずかなものにとどまり、戦後の数十年で縮小されていった。多良木以遠の貨物営業は1974年10月1日に廃止され、1980年6月1日には貨物営業が全廃されて、同線は旅客専業の路線となった。
日本国有鉄道の末期、この路線は廃止の対象とされた。1987年2月3日には、廃止・転換の対象となる不採算地方路線の区分である第3次特定地方交通線として廃止が承認された。1987年4月1日に国鉄が分割民営化されると、路線は新たな九州旅客鉄道(JR九州)に引き継がれたが、これは転換までの暫定的なものであった。
第三セクター鉄道への転換は1989年2月27日に決定され、1989年10月1日に新設のくま川鉄道へ移管された。移管に際して駅の整備も行われ、おかどめ幸福・公立病院前・新鶴羽などの新駅が開業し、東人吉駅は改称された。それでも同社の鉄道事業は1989年の設立以来、一度も営業黒字を計上できておらず、路線は運行の維持を公的支援に頼ってきた。
湯前線は、令和2年7月豪雨と称される2020年7月初めの集中豪雨によって壊滅的な被害を受けた。2020年7月4日、増水した球磨川沿いの洪水によって球磨川第四橋梁が流出し、多くの設備も浸水して、全線が不通となった。2020年8月27日、くま川鉄道は路線を廃止せず鉄道として復旧・再開することを決定した。復旧費用は約46億円と見積もられ、その97.5パーセントを国が、残る2.5パーセントを地方自治体が負担するとされた。
復旧は段階的に進められた。上流側がまず再開し、2021年11月28日に肥後西村 - 湯前間で運転が再開された。流出した球磨川第四橋梁を含む人吉温泉 - 肥後西村間の下流側は不通のままで、復旧工事が続く間、路線は一部のみの運行となった。2026年9月20日に人吉温泉 - 肥後西村間の運転が再開され、人吉温泉 - 湯前間の全線が再びつながった。同日、川村駅が廃止されて人吉温泉方面へ約950メートルの位置に相良十島駅が開業し、東多良木駅は多良木青蓮寺駅に改称された。
この路線の駅
年表
- 19243月30日:人吉 - 湯前間の全線が、鉄道省(国鉄)によって湯前線として開業。
- 195112月1日:気動車による運転を開始。
- 197410月1日:多良木以遠の貨物営業を廃止。
- 19806月1日:貨物営業が全廃され、旅客専業の路線となる。
- 19872月3日:第3次特定地方交通線として廃止が承認される。
- 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、転換までの暫定措置として路線がJR九州に承継される。
- 19892月27日:第三セクター鉄道への転換が決定される。
- 198910月1日:新設のくま川鉄道に転換。おかどめ幸福・公立病院前・新鶴羽の新駅が開業し、東人吉駅が改称される。
- 20207月4日:令和2年7月豪雨により球磨川第四橋梁が流出し、多くの設備が浸水して全線が不通となる。
- 20208月27日:くま川鉄道が鉄道事業として復旧することを決定。復旧費用は約46億円と見積もられ、国が97.5%、地方自治体が2.5%を負担するとされる。
- 202111月28日:上流側の肥後西村 - 湯前間で運転を再開。流出した橋梁を含む下流側の人吉温泉 - 肥後西村間は不通のまま。
- 20269月20日:人吉温泉 - 肥後西村間で運転を再開し、人吉温泉 - 湯前間が全線復旧。川村駅が廃止されて相良十島駅が開業し、東多良木駅は多良木青蓮寺駅に改称。
出典
事実確認日:2026年9月25日