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山陰本線

San'in Main Line

山陰本線は、京都府京都市下京区の京都駅から中国地方の日本海沿岸(山陰地方)を経由し、山口県下関市の幡生駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線である。山陰地方の主要幹線であり、おおむね日本海に沿って京都・兵庫・鳥取・島根・山口の5府県を通る。このほか、長門市駅と仙崎駅を結ぶ仙崎支線を持つ。終点は幡生駅であるが、幡生側の列車は隣の下関駅まで運転されている。

山陰本線の路線図 · 京都府・兵庫県・鳥取県・島根県・山口県 · 県境: 国土数値情報(国交省)
A JR West KiHa 189 series DMU on a 'Hamakaze' limited express crossing the Amarube Viaduct on the San'in Main Line.
A JR West KiHa 189 series DMU on a 'Hamakaze' limited express crossing the Amarube Viaduct on the San'in Main Line.(英語) · Rsa · CC BY-SA 3.0 · Wikimedia Commons

歴史

支線を除く営業キロは673.8 kmで、出典によれば全区間が一本につながった鉄道路線としては日本最長である。ただし全区間を直通する定期列車は運転されていない。日本語の出典はこの記述をより厳密に示しており、673.8 kmは新幹線を除くJR線(在来線)として日本最長であり、全区間を1社で管轄するJR線としても最長である。仙崎支線を含めた営業キロは676.0 kmとなる。

本路線は単一の事業として建設されたものではない。3つの私鉄が建設した各区間を、後に国有化したうえで日本国有鉄道(鉄道院・鉄道省、JGR)が接続して形成されたものである。京都側では、京都鉄道が1897年から1899年にかけて園部までを開業し、開業日は1897年2月15日と記録されている。阪鶴鉄道は1904年に綾部 - 福知山間(現在の舞鶴線の一部)を開業し、これら2社はいずれも1907年に国有化された。国鉄自身が最初に開業した区間は1902年の米子 - 御厨間で、その後路線は順次東へ延伸され、1907年に鳥取、1908年に岩美に達した。建設は複数方向から中央部へ向けて同時に進められ、1910年に園部 - 綾部間、翌年に福知山 - 和田山間が開業し、米子からの西進は1908年に松江、1910年に出雲市へ達した。1912年に東側と中央部の工事が接続した結果、385 kmの連続した路線が成立した。西端では長州鉄道が1914年に幡生 - 小串間を開業し、同社は1925年に国有化された。出雲市からは西へ延伸が続き、1923年に益田、1925年に戸田小浜まで達し、同年に開業した小串 - 滝部間とともに、両方向から建設が進められて1933年に両端が接続し、現在の路線が全通した。

軌間は全線1,067 mmの狭軌である。全通後は数十年をかけて段階的に改良された。複線化は区間ごとに進められ、米子 - 伯耆大山間は1962年から1966年、綾部 - 福知山間は1968年から1969年、玉造温泉 - 来待間は1970年、松江 - 東松江間は1979年、米子 - 安来間は1980年に複線化された。嵯峨嵐山 - 馬堀間はもともと保津川沿いの狭い渓谷に建設されていたが、1989年に複線の新線が開業し、旧線は嵯峨野観光鉄道に転用された。その後も複線化は続けられ、2010年までに京都 - 園部間の全区間が複線化された。電化も遅く、また区間ごとに行われた。伯耆大山 - 出雲市間は伯備線の電化に合わせて1982年に、福知山 - 城崎間は福知山線の電化に合わせて1986年に、園部 - 福知山間は1985年から1986年にかけて、京都 - 園部間は1990年に電化された。これらの工事の後も路線は複線・単線、電化・非電化が混在しており、電化区間は京都 - 城崎温泉間および伯耆大山 - 西出雲間の直流1,500 Vのみである。日本語の出典は、瀬戸内海沿いを並行する山陽本線が全線複線・電化であるのに対し、本路線には単線・非電化区間が多く含まれる点を対比している。

The junction where the Senzaki branch line (left) diverges from the San'in Main Line (right). 原寸大で表示(新しいタブで開きます)
The junction where the Senzaki branch line (left) diverges from the San'in Main Line (right).(英語)Gohachiyasu1214 · CC BY-SA 4.0 · Wikimedia Commons

現在、本路線はJR西日本が第一種鉄道事業者として運営し、日本貨物鉄道(JR貨物)が一部区間で第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。京都 - 園部間は京都とその北郊を結び、嵐山・嵯峨野の観光地を沿線に擁することから、JR西日本のアーバンネットワークの一部をなし「嵯峨野線」という愛称が付けられている。最高速度は区間によって大きく異なり、最も速い区間(嵯峨嵐山 - 馬堀間、綾部 - 福知山間)では130 km/hに達する一方、長門市 - 仙崎間の支線では85 km/hまで下がる。日本語の出典はまた、本路線にはトンネルが176本(総延長60.3 km)存在し、これはJRグループ全体では紀勢本線の180本に次いで多く、1社完結路線としては最多であると記している。

この路線の駅

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年表

この年表は英語のみです。

  • 189715 February: the line's official opening; the Kyoto Railway opens its section toward Sonobe (built out 1897-1899).
  • 1902The JGR opens its first section of the line, between Yonago and Mikuriya.
  • 1904The Bantsuru Railway opens the Ayabe-to-Fukuchiyama section (today part of the Maizuru Line).
  • 1907The Kyoto Railway and Bantsuru Railway are nationalised; the eastward extension reaches Tottori.
  • 1908Extension reaches Iwami in the east and Matsue in the west.
  • 1910Sonobe-to-Ayabe section opens; westward extension reaches Izumoshi.
  • 1912Eastern and central works are connected, producing a 385 km continuous line.
  • 1914The Choshu Railway opens the Hatabu-to-Kogushi section at the western end.
  • 1925The Choshu Railway is nationalised; the Kogushi-to-Takibe section opens; the line reaches Todakohama.
  • 193324 February: the final sections are connected, completing the line as it exists today (full opening).
  • 1966Double-tracking of the Yonago-to-Hōki-Daisen section is completed (begun 1962).
  • 1982The Hōki-Daisen-to-Izumoshi section is electrified, in conjunction with the Hakubi Line.
  • 1986The Fukuchiyama-to-Kinosaki section is electrified (Sonobe-to-Fukuchiyama electrified 1985-1986).
  • 1989A new double-track alignment opens on the Saga-Arashiyama-to-Umahori section; the original alignment becomes the Sagano Scenic Railway.
  • 1990The Kyoto-to-Sonobe section is electrified.
  • 2010The entire Kyoto-to-Sonobe section (the Sagano Line) is double-tracked.

出典